来年40歳になる。
29歳の時、私は30歳になるのがとても怖かった。
当時の仕事は生活するので精一杯のお給料、貯金もほとんどできないような状況だった。
しかも「女性は結婚して退職するもの」という風潮の会社だったので、たとえスキルがあろうがなかろうが(当時の私はなんにもなかったが)、30代に入ったら長く勤めることはできないと焦っていた。
かと言って結婚のあてもない私は、慌てて資格の勉強をして転職した。
そしていざ30代に入ると、想像していたより楽しかった。
経済的な余裕が生まれたのも大きいが、「結婚しなくてはいけない」といった考え方から自由になれたのも大きい。
仕事はそれなりにきつかったが、それでも20代の頃より断然楽しかった。
そして思った。
「30歳になるのがこんなに怖かったのだから、39歳になったら40歳になるのはもっと怖いのか?」
39歳の私が今感じるのは、「40歳になるのは全く怖くない」だ。
やりたくないことはやらないと決めてからは、不満のない人生になった。
不安が全くないというわけではないが、これはセミリタイアする前も同じだ。
(会社が潰れたらどうしよう?とか。)
40歳になるのは怖くはないが、これからは少しずつ受け入れていく人生にシフトしていきたい。
「中高年」という単語を聞いても、今まで他人事だった。
しかしこれから自分の身体は(少しずつ、でも確実に)衰えていく。
人間の身体はそのようにできているのだから、受け入れながら無理なく抗う生き方にしたい。
群ようこさんの「ぬるい生活 (朝日文庫)」は、そんな私にちょうどよいエッセイだった。
周囲の女性を見て、更年期障害に悩まされている人は、みなとてもきまじめなタイプが多い。まじめではなくきまじめなのである。白黒をはっきりつけないと納得せず、曖昧や適当を許さない。
母に更年期障害になったか聞いてみたが、「その頃は人生が大変で更年期障害かどうかなんて気にする余裕もなかった」と言われた。
(母は大変だった中年期と比べ、老後の今は人生史上最高に楽しいそうだ。)
とにかく他人の判断や情報に動かされるのではなく、自分自身の体に聞いてみる。まあ、のんびりやればいいやという雰囲気で、私はぬるい更年期の日々を送っているのである。
もし更年期障害になったら、私もこのスタンスでいこう。
彼女の感想は、年甲斐もないから着るなという意味とは違う。我慢をしていても、若い人は体力があるから、それが表に出ない。しかし中高年になるとさすがに体も正直に反応するし、内面が露骨に表情に出るから、若い彼女の目に、無理をしていると見えてしまったのは、やっぱり当人が精神的にか肉体的にか、どこかに問題を抱えているからなのだろう。心身穏やかであったら痛々しくは見えないはずだ。
部屋着はダラダラだが、外出する時は他人から見て見苦しく映らないよう気をつけている。
「痛々しく見えない」ファッションが、「自分の心と体に無理のない」ファッションというのはうなずける。
勢いだけで着こなす若さはもうないので、これからは痛々しいファッションにならないように気をつけよう。