吉田豪さんの「聞き出す力」の中に、樹木希林さんが喧嘩腰でインタビューに臨んだエピソードがあって、それがとてもおもしろかった。
私が子どもの頃の樹木さんの印象は、「富士フィルムやピップエレキバンのコマーシャルに出てくるコミカルな人」だった。
そして『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 』という映画を見てファンになった。
オカン役の演技が実にお見事で、映画の内容はほとんど忘れてしまったけど、樹木さん演じるオカンが病院のベッドで抗がん剤治療が苦しくてもう止めたいと言うシーンが凄すぎて、大好きになった。
(このシーンは辛すぎて映画館で嗚咽して泣いた。泣き過ぎて頭が痛くなった。たぶんもう二度と見ない。見ると苦しくなるから。)
そして吉田豪さんの喧嘩腰インタビューのエピソードを読んで、「樹木さんって、私が思っているより相当おもしろい人なのかも」と思った。
樹木さんに関する本を読んでみたくなったけど、ご本人は煩わしいことが大嫌いだそうで、本は書いていない。
樹木さんは会社に属さず、マネージャーもつけず、ギャラ交渉もご自身でやってのける最強個人事業主。(ちなみに一番好きなのがギャラ交渉w)
仕方ないので今回は樹木さんのインタビューが掲載されている雑誌を調べて読んでみることにした。
日本アカデミー賞事件
映画ファンならずとも、昨年の「日本アカデミー大賞」の選考に唖然となった記憶が残っている人は多いだろう。それ以外の多くの賞レースで賞を総なめにしていた「それでもボクはやってない」をほとんど無視し、主催の日テレが出資した「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」がほとんどを独占するという理解しがたい結果だった。もちろん、「東京タワー」も松尾スズキの脚本を読んだ関係者からの前評判は高かったし、オダギリジョー、樹木希林ら役者陣は好演していたものの、「それでもボクはやってない」を押しぬけて賞をほぼ独占するのはとても納得のいく選考とはいえなかった。その授賞式の微妙な空気はテレビ中継を見た人ならよく覚えているのではないか。松尾スズキの場違いな場所にいるという居心地の悪さ丸出しの表情、奇抜な衣装でやってきて苦笑いしかできないオダギリジョー……。そしてそれに拍車をかけたのが樹木希林だった。
彼女は「私なら違う作品を選ぶ」「半分くらいしか出演していないのに(最優秀主演女優)賞をいただいてしまって申し訳ない」「帰りたい」「もう酔った」「組織票かと思った」など奔放な発言を連発。さらに「この日本アカデミー賞が名実共に素晴らしい賞になっていくことを願っております」と皮肉たっぷりに語っていた。
そういえばこんなことあったな~って吉田豪さんの本を読んで思い出した。
ネットで調べたら、てれびのスキマさんが記事にしていたので読んでみた。
その内容が上記の引用なのだけど、改めて読むと、樹木さんなかなかハラハラする受け答えをなさっている。(好きだけどね)
樹木さんのインタビューが掲載されているhon-nin vol.08の中で、吉田さんはその場を盛り上げようとする思いがあったのかと質問し、樹木さんは「あなたは観てどう思った?私がウケを狙ってやるような人間だと思う?」と返している。
吉田さんはまったく思わないと返答するのだけど、樹木さんは「はい、分かりました。どういうふうに人が思うのかなと思って。」と答えている。
樹木さんは自分より他人に興味があるそうで、インタビュアーを困らせるつもりではなく、質問返しをすることがあるそうだ。
TBSの安住さんが出ている「ぴったんこカンカン」に樹木さんがゲストで出た回をネットで探して見たのだけど、その時もたくさん質問していた。
番組の中で、「私は自分勝手だから、そういう人間が好き。気を遣わなくて済むから」とおっしゃっていて、樹木さんという人がよくわかる発言だと思った。(悪い意味でなく)
そして安住さんはその辺の対応がとてもお上手だった。
気を遣っていないわけではないのだろうけど、ハッキリご自身の意見をおっしゃるので、樹木さんも気を遣わず自分のペースでいれて楽なんだろうなと感じた。
話を日本アカデミー賞に戻すと、樹木さんは『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 』の脚本を書いた松尾スズキさんに、「希林さん、言葉にも暴力というものがあるんですよ」とマイクを使って怒られている(笑)
で、樹木さんが日本アカデミー賞であれだけキツイことをおっしゃったのには理由があって、もともとリリーフランキーさんの原作も松尾スズキさんの脚本も素晴らしかったのに、監督の松岡錠司さんがそれを壊したと思っている。
樹木:だって死ぬシーンを撮りたい人と、生きてるシーンを演じたい人とがやっているんだから。「結果的には死ぬけど、生きてないとね」って私は言ったんだけど、「いや、十分生きていますよ」って言うから、「そりゃ生きてるけどさあ!」って。(中略)もう爆笑に次ぐ爆笑の平成の名作ができるはずだったのよ!
━悲しさより面白さを出したほうが、最後はより切なくなりますよね。
樹木:それは何もオッパッピーとかやるんじゃなくて、ホントになんでもない子供との食い違いだとかを、おかしくてしょうがなくできるのに、それを撮らないっていうか、見てくれないというか。なんでもないおかしさっていうのは、なかなか演じきれないものだけど、それができる資格の役者を持ってきてるんだからねえ……。そういうときに殺意っていうのが芽生えて(あっさりと)。
━殺意も芽生えてたんですか!
樹木:だから私は監督に「あのね、どこかであんたが刺されて死んでたら、犯人は私だから」って言ったの。
(引用hon-nin vol.08)
これを読んだとき、最初はイマイチ理解できなかった。
(あの感動映画が爆笑に次ぐ爆笑の平成の名作?)
その真意は、 SWITCH Vol.34 No.6 樹木希林といっしょ。の映画監督の是枝裕和さんとの話を読んでわかった(気がした)。
樹木さんは30代の頃に『寺内貫太郎一家』という大ヒットドラマで、おばあちゃんの役を演じている。
このドラマはホームドラマで、私が生まれる前に放映していたのでリアルタイムで見たことはないのだけど、YouTubeで検索して見てみた。
(ちなみにこのドラマはBS12で再放送している。)
東京・下町(谷中)で三代続く石屋「寺内石材店(石貫)」の主人・寺内貫太郎を中心とし、家族や近隣の人との触れ合いを描いたホームドラマ。家族に手をあげ、何か気に入らないことがあるとすぐちゃぶ台をひっくりかえすような、頑固で短気で喧嘩っぱやいが、どことなく憎めずむしろ共感してしまう昔ながらの下町の親父を小林亜星が演じている。一貫してコメディーであるものの、その中に「死」や「孤独」、「老い」といったテーマ、家族の生活の中に潜む「闇」の部分も描かれており、単なるコメディーでは終わらない。
是枝監督はこのドラマの最終回がすごく感動的だと語っている。
是枝:周平(西城秀樹)が寝坊して、ミヨコ(浅田美代子)が『周ちゃん起してこよう』と言って立とうとすると、静江(梶芽衣子;この日お嫁にいく姉)が『私が起こすわ、最後だから』と言って、『周ちゃん、いつまで寝てんのよ』と起こしに行く。いつもの寺内家の台詞なんだけど、姉が弟を起こしに行くのはその朝が最後。そのことがわかった夫婦(小林亜星と加藤治子)がまったく身動きせずに娘の遠ざかる声を聞いている。そのカットが素晴らしいんです。
樹木:なるほどね。そういうのを平気でどんどん作っていたんだね。
是枝:笑いに満ちた物語の中で、一瞬すごく本格的な瞬間がポーンと入ってくる。久世さんのドラマはそこが素晴らしい。
樹木:そういうものを作っていた時代があったわね。
これを読んで、樹木さんは『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 』の原作を読んだとき、こんな感じに仕上げたら良い作品になると思ったのかもしれない。(私の勝手な憶測だけど)
樹木さんへの興味は尽きそうもないので、次の記事でもまとめることにする。