【書評】『熔ける 大王製紙前会長井川意高の懺悔録』を読んだ

熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)を読んだ。

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この本は大王製紙の前会長である井川氏によって書かれた懺悔録だ。

井川氏はバカラ賭博で背負った借金106億8000万円を大王製紙の子会社から「事業に投資する」と嘘をついて借り入れし、会社法の特別背任罪で6年前に逮捕された。

(ちなみに借金は実刑を受ける前に完済している)

この件はニュースやワイドショーでセンセーショナルに報道された。

当時の私は「親から簡単に会社を譲り受けたボンボンでしょ」くらいにしか思っていなかったので、詳細を知ろうとは思わなかった。

しかも芸能人との派手な交友関係も取りざたされ、嫌悪感すら抱いていた。

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嫌悪感すら抱いていたのに今回私が井川氏の本を読もうと思ったのは、どん底から這い上がる人間に興味があったからかもしれない。

この本には井川氏の幼少時代や学生時代、バカラにハマって借金を背負う経緯やマカオやシンガポールのカジノの仕組み、「暴君」ともいえる激しい父親との関係、経営者時代の話、芸能人との交友関係について綴られている。

この本の大部分は刑務所に入る前に書かれているが、文庫本の書き下ろしとして、刑務所内の生活についても書き足されている。

父親に逆らうことは許されない家庭環境

私はもともと、父という「暴君」が君臨する家庭環境で育ってきた。父の考え方に歯向かうことは、井川家では絶対に許されなかった。

(引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

小学校は愛媛の田舎で育ったが、田舎特有の閉塞感が嫌だったそうだ。(これよくわかる!)

中学から東京に引っ越し、中高を自由な校風の筑波大学附属駒場に通い、ここでの経験がのちの人生に大きな影響を及ぼしたと本の中で語っている。

父親は時に鉄拳制裁を加えるほどのすさまじいスパルタ教育で、経営者の父親の仕事ぶりは尊敬に値するが、瞬間湯沸かし器のように激昂するパーソナリティには冷めた視線を向けていたそうだ。

学校の先生は変わった人物が多く、10代のころには「大人=尊敬すべき対象」とう固定観念はなかったそう。

そのような大人に囲まれて10代を過ごすうちに、私の中に物事を相対的に見る社会観、プラグマティズム(実用主義)的な考え方が自然と生まれていった。(中略)10代のころにプラグマティズム的な考え方を身につけられたのは、のちに経営者として多くの従業員を抱えるようになってからとても役立った。

(引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

井川氏は東大に進み、その後大王製紙に入社する。

ボンボンで甘やかされていたのだと勝手に思っていたが、実際はそんなことはなかった。

周りにそう思われるのが嫌で東大に入り、大王製紙でも猛烈に仕事をしたそうだ。

経営者時代の話を読むと、ただのボンボンではないことはよくわかる。

ビジネスは根性論で語っていても仕方がない。数字を冷静に分析し、正しい戦略と方法論を実行できれば、収益を上げられるのだ。

(引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

そんな人間がどうしてギャンブルにハマり、会社のお金(ちなみに運転資金ではなく余裕資金)にまで手を出してしまったのか。

一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。だが、私は借金漬けになりながらもギャンブルを続けてしまった。ギャンブルに狂い、経営者としての本分を忘れてしまった私は、一人の人間としてあまりにも弱く、そして経営者失格だった。

 (引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

経営について語っているときと、ギャンブルについて語っているときの差が激しくて、「この人同一人物?」と思ってしまう。

精神科医の診断

東京地検特捜部に逮捕される直前の2011年10月、私はある精神科医のもとを訪れた。精神科医の診断書によると、私は「抑鬱状態」「アルコール依存症」「ギャンブル依存症」の三拍子が揃っているそうだ。企業の経営者として常に強いプレッシャーにさらされながら、物事を突き詰めて考える。絶対に失敗してはならないという強迫観念にとらわれ、いつも緊張にさらされている。

 (引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

バカラに興じている時の様子や、ギャンブルの為にお金を調達するときの心理状態は、どう考えても異常なのだけど、経営者としてのプレッシャーやストレスも異常だったのかもしれない。

しかし本人は仕事のせいでギャンブルにハマったわけではないと言っている。

バクチで破滅する人間など、ごく一部だ。強いて言うならば、会社のプレッシャーやストレスから逃げるために私が酒を利用していたことはたしかだと思う。一方、ギャンブルは違う。仕事のせいでギャンブルにハマったわけではなく、私は単純にギャンブルが好きだったのだ。

  (引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

なんとか勝負に勝ちたいという強迫観念に囚われてどこまでもギャンブルを続けてしまうそうで、パチンコやパチスロにハマって破滅する主婦の気持ちがよくわかるそうだ。

(「強迫観念」を持つのは、病気なのか……)

誰よりも考え抜く

「あいつは20代なのに常務をやっている」「創業家の長男だから社長になれただけの話だ」そんなふうにだけは思われたくないと考え、がむしゃらに働いた。結果を残そうと常にギリギリまで誰よりも考え抜いた。そんな仕事が楽しかったはずがない。役職が上がるにつれ、半ば使命感のみが自分の支えとなっていた。

 (引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)

犯した罪は悪いことだし、たくさんの人に迷惑をかけたのかもしれないが、不思議とこの懺悔録を読んで井川氏に不快感を抱くことはなかった。

(この本を読む前は多少の嫌悪感はあった。)

実はこの本を読む前に、シックスサマナ 第31号 貧乏への道 全ての道は貧困に通ずを読んだのだけど、この本に出てくるカンボジアに住む極貧日本人のおっさんの方が、よっぽど私をイラつかせた。

興味のある方は是非読んでいただきたい。(AmazonKindleアンリミテッド対象本)

このおっさん、相当のクズ。

人のせいにしたり、愚痴ばかり言っていて、読みながらこのおっさんをメコン川に突き落としたくなったw

(第三者として読むには面白いけど、絶対身内にいてほしくないタイプ!)

自分が犯したあまりにも愚かな罪から、誰かに何かを伝えるほどのものは何もない。本書を手にとってくださった方には、一人の愚かな男の転落記として読んでいただければ充分だ。

(引用熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録 (幻冬舎文庫)