コップに半分も水があると思うか、あと半分しかないと思うか

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pha.hateblo.jp

先日phaさんのブログを読んで、 

とつぶやいた。

自分のスペックで遊べるもの全部遊んじゃった感、すごいわかる。自分の中のストックはいろいろあるんだけど、新しい刺激があまりないんですよね。昔は本屋に行くとあんなにいつもワクワクしたのに、今はあまりワクワクしない。かといって新しい面白を探す気力もない。

自分ができることの限界が大体見えてきたというのもある。何十年も生きたおかげでいろんなことができるようになったけれど、大体自分が人生でできることはこれくらいの範疇で、それ以上にはならないんだろうなというのが予想がついてきてしまったというか。

(引用中年の危機について - phaの日記

特にphaさんがブログに書いていたこの部分。

この1年くらい頭の中でぼんやり思っていたことで、先月友人(子持ち)の所へ遊びに行ったとき、似たようなことを彼女に話したら、「悟ってしまったんだね」と言われた。

私の中では「悟った」というより、「衰えていくことを受け入れただけ」なのだけど。  

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40歳の今は、20~30代の頃と比べると気力と体力が明らかに落ちた。

物欲とか性欲とか、キレイに思われたいとか、仕事ができる人間に思われたいとか、そういったものがガクンと落ちた。

これが世にいう「おばちゃん」なのか?

だけど抗うより受け入れた今の方が気持ちは穏やかだ。

mantan-web.jp

 西原理恵子さんのインタビューの記事を読むと、

「人に理解を求めようとかそういうのはやめました。いろんなことを忘れたり、あきらめたりすることができる年になったかな。その分、人に対する思いやりもなくなってきたけど。ただ、そういうおばさんの世界が楽しいんだということを若い子に教えてあげたくって。女の子って特に、年齢がいったら人生おしまいだと思っているけれど、私の周りのおばさんたちはみんな、今が一番いいという人が多いですね。キャリアがない、自信がない、何もなくて、人の目ばかり気にしていた若いころには戻りたくないって。なくしたのはウエストだけ。私も今、一番人生で楽しいです」とメッセージを送る。

(引用西原理恵子:「今が人生で一番楽しい!」 “卒母”や新連載への思いを語る - MANTANWEB(まんたんウェブ)

とあって、おばさんの世界の楽しさみたいなのもすごくわかる気もするのだけど、まだ完全にはその域にいききれてない自分もいる。

半端に若くてエネルギーがあるから微妙なことになるのであって、もっと老いて枯れてしまえば悩むことなくなるのかもしれない。あと、半端に生活に余裕があるからくだらないことを悩むのであって、もっと忙しかったり切羽詰まったりしてればこんなどうでもいいこと考えないのかもしれない。
でもエネルギーや余裕をなくせば悩まなくなるって言っても、人はそういう余裕を得るために頑張ってるんじゃないのか、頑張った先のゴールに虚しさしかない、というのはやっぱおかしいと思うし、なんかもっといい解決策はないものだろうか。
まあ結局は、うだうだ考えてるうちに年を取っていって、こんなことで悩んでたことすら遠くなっていくのかもしれないけれど。

(引用中年の危機について - phaの日記

phaさんが書いているように、今の私は半端に若くて半端にエネルギーが残っているせいなのかもしれない。

で、もしあと40年生きることができるとしたら何日あるだろうと計算してみた。

40年×365日=14,600日

(もちろん明日死ぬ可能性だってあるし、もっと生きる可能性もあるのだけど) 

計算して思ったこと。

「あと14,600日しかないんだ」

コップに半分も水があると思うか、あと半分しかないと思うか。

私は「あと半分しかない」と思う人間だ(笑)

メイクとか面倒くさいな~って思ってサボることも多いけど、あと14,600回もメイクをする機会はないと思うと、もうちょっと楽しんでやっておこうかな。

ひとまず20代から30代に入ったときのような凄まじい焦りみたいなのものがないのが救いの40歳。

半端を受け入れてのらりくらりと生き延びよう、40代。

しょせん人生なんてこんなものだ。みんな通る同じ道だ。
やっていきましょう。

 (引用中年の危機について - phaの日記

 

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