【書評】道徳感情はなぜ人を誤らせるのか

 

道徳感情はなぜ人を誤らせるのか

 

結構前に購入していたのだけど、なかなか読めなかった本を一気に読了。
「えいやぁ!」と気合のいる分厚さの本だったが、読みだすと面白くて止まらなかった。

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年! 『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
進化心理学、認知科学、政治哲学、倫理学、歴史、憲法、
裁判、経済、数学、宗教、プロファイリング、サイコパス……。
あらゆる分野を縦横無尽に切り裂き、新機軸を打ち出した総合知!
戦時に少年が九人を連続殺人。
解決した名刑事が戦後に犯す冤罪の数々。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

筆者の管賀江留郎さんの綿密な調査と分析力には頭が下がる。

特に『進化によって生まれた道徳感情が冤罪の根源だった』の章がおもしろかったので、備忘録として記録に残しておく。

一連の冤罪事件でほんとうに怖いのは、紅林刑事が<共感>能力の高い、ある意味、善人だからこそ引き起こされた点にある。彼自身は悪を憎み、冤罪被害者をほんとうの犯人だと思い込み、でっち上げの意識は微塵もなかったと思われる。拷問や時計のトリックなども、彼の中では「真犯人」を逃さずにきちんと罰するためなのだろう。本書を読んで、自分が被害を受けたわけでもないのに紅林刑事を憎み、罰したいを思った読者諸氏の胸奥から突き上げるであろう感情は、<間接互恵性>の進化により人間が身につけた<道徳感情>だ。しかし、その同じ<道徳感情>が惨憺たる冤罪を生み出したのである。まず、この点を多くの人々が自覚せねばならない。紅林刑事はアダム・スミスが云うところの、世間の評判の奴隷となる<弱い人>だった。そうならないためには、自己も他者も超越した俯瞰の目で全体を見渡す<公平な観察者>をひとりひとりの胸に宿さなくてはならない。(中略)

頭の中で考えた幾何学的抽象的な美しさを持つ<正しい計画>に固執して国を混乱に陥れる者がいるのも、単純な因果関係をでっち上げて囚われる人間の本性のためである。この人間が進化過程で身に着けた<認知バイアス>、つまり認識の歪みのために目の前の現実が見えなくなってしまうからだ。

以前読んだ『きずなと思いやりが日本をダメにする最新進化学が解き明かす「心と社会」』の中にもあったが、

私たちの共感能力や因果関係の推論能力がかえって社会に害悪となることも起きるようになった

の実例がこの本には書かれている。

遺伝子に刻まれた本能に抗うのは極めて困難なことだけど、自分が優れているという【優位バイアス】、自分はうまくいくと考える【楽観性バイアス】、自分は物事をコントロールできると考える【制御可能性バイアス】、人間はこれらのバイアスを持った生き物だと一歩引いて自分や周りの状況を見る冷静さは身に着けておきたい。

スミスやバークと同じく、人間はこのような過ちを犯す性質があることを見抜き、自分が不完全であることを自覚し、観察や経験により、時間を掛けてゆっくりと完全に近づこうとする<公平な観察者>を多くの人が胸の𥚃に宿せば、これらの悲劇は回避できるのである。

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